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11月26日から27日にかけて福島県内で第4回国労フクシマ交流・視察学習会が開催され、全国から青年部を含み40数名が参加し、現状を視察し、学習し、交流しました。
また大きな地震と津波が被災地を襲った数日後の11月26日、福島に向かう東北新幹線の車窓からは意識しすぎのせいもあるかもしれませんが、大きな送電線が林立してあらためて福島から大都会東京へ向けて電力が運ばれているのを感じました。また、福島が近づくにつれてトンネルばかりとなり、あわせて国民的な議論や国会での審議も行うことなく着工を強行したリニア中央新幹線の車内を想像し、流れる景色が見えずに無理矢理宙に浮かせた乗り物はなんと味のないつまらないものだと想像してしまいました。
福島駅に着き、JR東北バスに乗り換え、国労東北自動車支部組合員の方の運転で視察に出発しました。ルートは県道115号線を東に向かい、伊達市や霊山を過ぎ、相馬を北上し、JR常磐線の新地駅近くの相馬郡・新地町役場の屋上から、津波で被災した新地駅の復旧・新設状況をみました。新地町役場はギリギリのところで被災(浸水)を免れ、隣の海側にある図書館は床上浸水となったそうです。
その後、常磐自動車道を南下し、途中で東北電力火力発電所を左に見ながら、浪江ICで降り、浪江町に入るとあちこちで除染作業が続いていました。JR浪江駅構内付近では除染を含めたレール枕木下のバラスト入替作業が行われていました。途中浪江町内では、今回のバス視察に添乗して案内して頂いた国労OBの方ご自身の被災した自宅前で一旦バスを降り、2度目の大きな揺れで潰れたままの家屋や放置されたままの軽トラックのフロントガラスに貼られた車検期限を示すシールは平成23年4月迄のままで、猪等に荒らされたままの家屋の玄関先には白々しく「除染作業終了しました」と赤いコーンが置かれていました。
そして、いよいよ福島第一原発直近で自動車での通行のみが許されている国道6号線を南下した際は線量計の警報音が鳴りっ放しで緊張感とともに、流れる景色は草ボウボウのゴーストタウン化したかつて5年9ヶ月程前は町があったところで、ススキが夕日に照らされて美しくも空しい景色がそこにはありました。帰宅困難地域で未だに立ち入りが許されない場所へ入る道には警備員が常駐し、バリケードで塞がれていました。そこでも大きな送電線は南の方の首都圏へ向かって続いていて、その下には廃墟となった衣料店〇〇〇〇や〇〇デンキ、GSなどが残されていて、仮設で済むはずの無い被爆スクリーニング検査施設がありました。
その後、被災し復旧工事が行なわれているJR常磐線富岡駅跡地付近ではユンボなどでレールや付属品のあらたな新設、復旧に従事している作業員の方もおられ、新品のコンクリートマクラギやレールが準備され、近くの踏切では遮断管軸基礎設備が津波で無残にもねじ曲げられ、未だに真っ二つに折れ曲がったままの電柱が残されており、あらためて津波の破壊力を感じました。除染した土砂が黒袋に入れられ、所々に積み上げられ、これから先の行き場がどうなるのか不安や問題は先送りされたままです。
2日目はいわき市議会議員から「事故の現状と課題」報告、国労水戸地本からの「常磐線復旧の現状と課題」報告、場所を猪苗代から郡山市に移し、お二人の高校生平和大使による活動報告、いわき市議会議員からの報告と県教組役員からの「避難校から見た原発災害と人権」について報告があり、その中では「避難の上に6回もの転校を余儀なくされた子ども達がいる」ことなどを聞きました。
そして、原発立地関係地本(北海道・盛岡・静岡・米子・四国・九州)からの報告を受け、静岡地本からは「JR東海で進められているリニアは現在の新幹線の3倍もの電力を必要とするなど安倍政権が邁進している原発再稼働との関係から見てもエネルギー施策から見ても大きく逆行している」などと報告がありました。質疑意見交換の後、最後に本部書記長がまとめを行い、団結がんばろうを唱和して散会となりました。
私自身、5年9ヵ月も経ってから初めて現地の一部に入りましたが、何より感じたのは今では報道さえも少なくなりましたが「聞かされるだけ、TVから流されるだけ」ではない現実に存在するこの状態をこの目で視て愕然とする一方で、着々と原発の再稼働や原発の海外セールスにうつつを抜かし、「コントロールされている」などと嘘で固めたパフォーマンスでこの現実のフクシマの事態を風化させようとしているのは他でもない安倍首相、安倍政権であり、あらためて更なる暴走を許してはならないと感じざるを得ませんでした。
そして、フクシマは街灯なども少なく、無駄なく質素な一方で、関東・関西・中部などの大都市では煌々と照らされて必要の無い電力の消化に慣らされ、電力の大独占状態を許しています。私たちは改めてエネルギーについてどうあるべきか、まじめに想像するのか、非常に痛切な教訓を活かすのか、活かさないのかを遅きに付した感もありますが、今すぐ決断する必要があります。
事故からもうすぐ6年を迎えようとしている現在、電力は一向に不足していません。敢えて、財界や自公政権の意を受けて世論誘導が画策されている現在、私たち自身がひとつひとつの物事に指先を当てて考える、敏感で豊かな想像力を取り戻すことが職場を、社会を、日本を変えていくことに繫がり、小さな一歩から大きな一歩に結実させて行こうではありませんか。またその先頭にはもちろん国労の旗をはためかせていかなくてはなりません。
2016年11月29日 国労名古屋地本からの参加者の手記